日本は昨夏、アジア太平洋地域の主要経済圏としては2番目になるAI に特化した立法を制定しました。人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律(2025年法律第53号、以下「AI 推進法」)がそれにあたります。
EU AI 法の枠組みにおけるセンセーショナルな方針転換、米国における州別に制定された AI 法制のパッチワーク、ならびに他の先進国に見られる罰則、登録要件、および広範なコンプライアンス体制を踏まえると、日本の冷静な戦略は、AIを開発、提供および利用する企業にとっては歓迎すべきアプローチとなるはずです。
これに対し、日本は、新たな推進法、詳細な任意のガイドライン、そして既存法の確実な執行力を組み合わせた、重層的なガバナンス・アーキテクチャを意図的に構築してきました。
その結果として生まれたのは、投資や研究活動の負担にならず、国際的な規範や国内リスクが明らかになると、その基礎となる仕組みと原則を段階的にきちんと引き上げていけるだけの柔軟性を備えています。また、規範やリスクに適応するのに十分な期間をあらかじめ確保し、整備された法領域への厳格な法的帰結は留保するという意味で予見可能な、周到に設計された制度です。
3つの層、1つの戦略

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枠組み法。先進国経済へのAI の潜在的影響は、政府の最上位レベルの注意を要します。しかし、その影響が最終的にどのような形になるかは、いまだ確定していません。
AI 推進法における AI 関連技術の定義は、この広範な影響を反映しています。すなわち、人間の認知、推論および判断能力を代替する技術、ならびに当該技術を用いる情報処理システムです。
こうした動態性を踏まえ、同法は、拙速に規律を定めることなく必要な最上位のアーキテクチャを整備し、内閣府に AI 戦略本部を設置します(本部長は内閣総理大臣)。
同本部は2025年9月に初会合を開き、12月には AI 基本計画を承認しました。同計画は、2026年度から開始され、5年間で1兆円(63億米ドル)の公的投資を実施するというコミットメントを柱としています。
もっとも、この枠組みには、突発的であったり、差し迫った制裁は伴いません。代わりに、AI の事業者・利用者に対して、形成されつつある政府方針に沿うための「協力義務」のみを課しています。
引き上げ層。この法律が方向性を示す一方で、任意のガイドラインが、段階的な引き上げを担います。例えば、次の事例のように。
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- 同法第13条は、AIの研究開発及び利用の適正確保のために政府が指針を定めることを規定しています。この権限に基づき、AI戦略本部は直ちに「人工知能関連技術の研究開発及び活用の適正性確保に関する指針」(2025年12月)を公表しました。
- デジタル庁の「行政の進化と革新のための生成AIの調達・利活用に係るガイドライン」(2025年5月)は、各府省にAI 統括責任者を置くこと、および AI 供給者をガバナンス、データ取扱い、出力品質およびリスク管理の観点から評価する調達チェックシートを定めています。
- 「AI 事業者ガイドライン」第1.1版(経済産業省及び総務省、2025年3月)は、現時点で最も詳細に政府の期待を示すものであり、AI開発者、提供者および事業者、利用者という3者に区分して整理し、各システムの能力と文脈に応じてガバナンスをスケールさせるリスクベース・アプローチを採用しています。
別途、「AIの利用・開発に関する契約チェックリスト」(経済産業省、2025年2月)は、3つの調達モデルにわたり、AI 開発契約およびサービス契約を構成するための条項別ガイダンスを提供しています。
これらの文書は法的拘束力を有しません。しかし、任意であるとも言い切れないところがあります。時間の経過とともに裁判所がこの新技術に慣れていくと、ガイドラインの遵守は、日本の一般不法行為法理(民法709条及び715条)における合理的注意義務を示す証拠として、より重視される可能性があります。したがって、今はAIへの対応が十分でない組織であっても、将来の罰則を伴う法律による責任追及に直面する前に、態勢を整える時間があります。
執行の後ろ盾。ガードレールが十分に検証されている領域では、日本の既存法が AIシステムに対して全面的に適用されます。代表例として、「個人情報の保護に関する法律」(APPI)はデータ収集、利用目的の制限、越境移転およびプロンプト入力などを規制し、著作権法は学習データおよび出力の侵害を規制し、製造物責任法は製品に組み込まれた AIについて無過失責任を課し、不正競争防止法は営業秘密を保護し、独占禁止法は競争上の懸念に対応するものです。
ハードなエッジ

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日本が「AIに甘い」という見解は、いくつかの執行上のエッジを見えなくしています。特に注意すべき領域は4つあります。
データ保護の強化。APPI は、AI のライフサイクルのあらゆる段階(学習データ収集、モデル開発、推論、プロンプト入力および出力)において、個人情報または個人データが関与する場合に適用されます。
2026年1月9日、個人情報保護委員会は APPI改正に向けた「方針」を公表し、初めて行政上の金銭的なペナルティの導入を提案しました。日本では、現行のAPPIに一般的な行政上の金銭的なペナルティ制度は存在しないため、この変更は法執行の上での見立ての変更を余儀なくされます。
この方針はまた、統計情報の作成(AI 開発を含む)を中核とする一定のデータ活用についての同意不要の例外の追加、子どものデータに対する保護の導入、および一定の生体関連データを要配慮情報として分類することも提案しています。成立した場合、施行は2027年頃が見込まれます。
さらに、政府が以前にDeepSeekについて、データが中国のサーバーに保存され中国法の適用を受ける旨を注意喚起したことは、ベンダー所在地が具体的なコンプライアンス・リスク要因であることを示しています。
著作権のセーフハーバーの縮小。著作権法30条の4は、情報解析のために著作物を権利者の同意なく利用することを認め、世界でも特に広い AI 学習の例外規定を定めています。しかし、この例外は困難に直面しています。
2025年8月、日本の大手新聞社である読売新聞、日本経済新聞および朝日新聞は、それぞれ Perplexity AI に対し、10万本超の記事を無断でスクレイピングされたと主張して別個の訴訟を提起しました。別途、政府は OpenAI に対し、動画生成モデルであるSoraに関する著作権上の懸念への対応を求めました。
文化庁は「AIと著作権に関する考え方について」(2024年5月)を公表し、学習が許容され得る一方で、保護された創作的表現を再現することは著作権侵害となり得る旨を明確化しています。
次の訴訟局面は、30条の4の但書が主戦場となる可能性が高くなるでしょう。この、一般には未検証の但書は、権利者の利益を「不当に害する」著作物の利用を禁止しています。
競争法執行の到来。公正取引委員会は2025年6月、「生成AIに関する実態調査報告書」を公表し、市場集中、データアクセス障壁およびアルゴリズムによる共謀の可能性を分析しました。また、AI 検索サービスおよびニュースコンテンツの利用について調査に動きました。競合データを処理する、または市場価格形成に影響を与えるAIシステムを構築・展開する企業は、今後、監視強化を考慮すべきです。
セクター規制当局の関与。金融庁は2025年3月に「AIディスカッションペーパー」を公表し(2026年3月に更新)、金融機関におけるモデルリスク管理、および説明可能性に関する期待水準を示しました。医療分野のAIは、AI搭載医療機器が医薬品医療機器等法に基づく市販前審査の対象となります。こういったAIへの対応の流れは明確です。一般的な AI ガイドラインが、セクター別の期待水準へと「翻訳」されつつあるのです。
今なすべきこと
日本のAI市場において、企業が優先すべき事項は6つあります。第一に、AIガイドラインに基づき(開発者、提供者、事業利用者といった)役割を整理することです。多くの組織は同時に複数の役割を担うことを踏まえ、それぞれの役割に求められるガバナンス上の要請を実装する必要があります。
第二に、内部のリスク分類を伴うAIインベントリ(台帳)を整備することです。日本では所定のリスク分類体系は義務付けられていないため、各社が独自に策定する必要があります。
第三に、経済産業省の契約チェックリストを用いてベンダー契約を設計することです。特に、入力データの取扱い、出力の帰属、モデル学習のための入力データ利用の制限、監査権に注意する必要があります。
第四に、AIツール利用に関する営業秘密の管理措置を実装することです。外部AIサービスに機密情報を入力すると、不正競争防止法上の保護に必要な「秘密管理性」が失われるリスクがあるからです。
第五に、政府向けに販売する場合には、調達チェックシートへの対応を準備し、各省庁のチーフAIオフィサーとの関係を構築することが必要です。
第六に、AI研究所およびそれらと協働する企業は、AIセーフティ・インスティテュートの評価フレームワークに関与し、現在パブリックコメントに付されている先進AIシステム向けの原則コード(案)を注視することです。
今後の見通し
近い将来の情勢を左右する動きがいくつかあります。
個人情報保護法(APPI)改正法案が成立した場合、日本で初めて、データ保護違反に対する行政上の金銭的ペナルティ制度が導入され、AI関連の一定のデータ利用について、より個別化された同意例外も創設されます。企業は、この「同時的な規制の引締めと緩和」に備えるべきです。
また、先進AI向けの原則コードにより、基盤モデルの開発者および提供者に対して、より具体的な期待事項が課される可能性があります。
一方、Perplexityに対する東京地方裁判所での手続きは、著作権法第30条の4における学習目的の例外の実務上の境界を定義し始めることになります。
さらに、経済安全保障推進法に基づく「特定重要技術」の指定が先進AIにも及ぶ可能性があり、輸出管理や国際的な研究協力に影響を与えることでしょう。
日本のAIガバナンスは、不完全だと誤解されがちです。しかし実際には、より正確に言えば適応できるように立てつけられており、イノベーションを促進しつつ、必要に応じて強力に規制できる能力を維持するよう設計されているのです。
企業にとっての問題は、日本のアプローチが硬化するかどうかではなく、どの程度の速度で、どの領域において硬化するのかにすぎません。任意の枠組みに基づいてガバナンス・プログラムを構築する企業にとっては、日本のガードレールが強化される局面が来ても、それは管理可能で、想定内のものとなるでしょう。しかし、「ソフト」を「任意」と取り違える企業にとっては、そうはならないでしょう。
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