人工知能(AI)と司法制度の間に存在する接点が広がりつつある中で、テクノロジー分野の専門家との対話は、裁判官が技術の進歩や、それがもたらす潜在的な脅威や課題、そしてチャンスをしっかりと理解するために重要なことです。以下は、先日、交差するテクノロジーと司法プロセスに対処するためにニューデリーで開催された、シンガポールとインドの最高裁判所による初の技術カンファレンスにおいて、シンガポ
ールのスンダレシュ・メノン最高裁判所長官が行った基調講演「人工知能時代における司法の責任」の編集版です。
テクノロジーは非常に急速に進化しており、その影響が広範かつ深遠であるため、テクノロジーの発展をしっかりと理解することが、私たち裁判官にとって不可欠なものとなっています。特にこの1年半の間に顕著だったことは、生成人工知能(AI)の発展が世界を席巻し、未来の社会やシステムがどのようになるかという会話を根本から変えてしまったことです。メアリー・シェリーの不朽の名作『フランケンシュタイン』は1800 年代初頭に書かれましたが、創造者とその制御不能な創造物というイメージは、今日でも大衆の意識に刻まれています。現代版の「フランケンシュタイン・コンプレックス」と呼ばれるものは、「技術的特異点」、すなわち AI が人間の理解と制御を超える時点の可能性に焦点を当てています。
AI と機械がいつか、人間の弁護士や裁判官と同等か、またはそれ以上の法的問題の解決策を提供し、さらには法律を適用させるだけでなく、立案さえできるようになる「法的特異点」に到達するかもしれないと指摘する人たちもいます。
私たちはまだその段階には達していませんし、おそらく多くの人が、その段階には達しないことを望んでいるかもしれませんが、AI の能力は成長し続けることを心に留めておく必要があります。リチャード・サスキンド教授の言葉を借りれば、今日の AI システムは「これまでで最悪の状態」であり、テクノロジーの大きな意義とは、現在すでにある状態ではなく、将来どうなっていくのかにあります。
テクノロジーがどうなっていくかを考えるとき、その発展の意義とは、テクノロジーが人間がこれまでの歴史で行ってきたことを模倣したり、安価な人間のような代替手段を提供したりすることにあるのではなく、成長を続けるテクノロジーの能力が世界が直面する法的問題に対して、私たち弁護士や裁判官が何百年もかけて、そのような問題を解決してきた方法とは全く異なるやり方で、解決策を提供する能力にあることを認識しなければなりません。
紙の地図を使って道を見つけていた人々に対して、Google マップが全く異なる解決策を提供したことや、電子メールやスマートフォンが、私たちのコミュニケーション方法や情報アクセス方法を変革したことを考えてみてください。これらの変革は、デジタル以前の同等物の再現とは無関係なものでした。もう一つの例は、サスキンド教授の自動運転車の例であり、これは人間を模倣するロボットによってではなく、データと計算能力を駆使して運転されるものです。

これを理解することが重要です。なぜなら、テクノロジーとテクノロジーの進歩の影響により、私たちは今日、これまで想像もしなかった方法で司法制度に影響を与えるような大きな変化の瀬戸際に立っているからです。
しかし、AI の広大な可能性を探求し、周囲で起こっている変化に適応していく中で、私たちはまず、何が変わらずに残るべきか、何にしっかりと根ざすべきかを考えるべきです。本日、私の主張の中心は、法の支配を維持し強化するという目標に導かれるべきだということです。なぜなら、それが私たちの社会(インドとシンガポール)の基盤であり、その維持と保護は司法の最終的な責任だからです。
この AI の時代において、法の支配がテクノロジーの支配に取って代わられないようにするには、伝統的な裁定的役割と、急速に重要性を増しているシステム的役割、この2つの異なる、しかし補完し合う役割を私たちがどのように果たしていくのかが指針となることでしょう。
裁定の責任
私たちの裁判官としての裁定的役割は、伝統的な役割です。つまり、個々の案件において公正かつ原則に基づいて法を解釈し、適用することです。AI の魅力や「AI 裁判官」の可能性に惑わされて、裁判が本質的に人間の努力であり続け、またそうであるべきだということを見失ってはいけません。
このような側面こそ、私たちの裁定的責任として、存続しなければならないものです。しかし同時に、AI が私たちの紛争解決システムに与える潜在的な変革の影響を無視したり、覆したりすることはできませんし、そうすべきでもありません。したがって、裁定的責任には進化という側面もあるでしょう。
裁定という人間の努力
まず、維持すべき裁定の側面について考えてみましょう。マイケル・サンデル教授は、この時代の最も難しい哲学的な問いは、「賢い機械」ではなく、人間による裁定が「人生の最も重要な事柄を決定する上で」、どのような役割を果たすのかであると示唆しています。
サンデル教授は、一般的な人間の判断の認知的行使について述べていましたが、この質問は、社会組織の核心に関わる問題について、まさに判断を下す職業である私たち裁判官にとって、特に響くものがあります。これには、個人の有罪か無罪かの決定、犯罪者への適切な処罰、崩壊した家族の子どもたちのための措置などが含まれます。これらの決定の重みと影響を考えると、少なくとも特定の分野では、正義が行われ、また行われると感じられるためには、裁判のプロセスと結果の両方を AI に置き換えられるべきではないという側面があります。
裁定のプロセスにおいて、人間が関わることが必要な3つの側面を考えてみます。
第一に、裁判官は、裁判のプロセスのさまざまな段階において、当事者と関わる際に共感を持つべきです。そうすることで、当事者は自分たちの話を聞いてもらえたと感じ、また、自らの決定が個々の案件に関わる人々に影響を与えることを、裁判官が理解していると感じることができます。
人間ではない裁判官は、共感しているように模倣できるかもしれませんが、人間の裁判官が持つような真の共感と社会的知性を発揮して、それを伝えることはできないでしょう。
第二に、裁判のプロセスは私たちの司法制度の価値観を反映したものでなければなりません。これらの価値観は、私たちの社会で正義の顔として働くために選ばれた人間の裁判官には教え込めるでしょうが、AI ツールにはこれらの価値観は備わっていません。
特に、刑事裁判は人間の手に委ねられるべきという強力な主張があります。なぜなら、人間は一般的に、私たちの道徳観や推論の方法を共有しており、特に刑法はその核心において、私たちの社会が促進し守ることを約束している価値観の表現だからです。
第三に、より広く言えば、裁定するということは、私たちが共有する人間性と絡み合った行為です。オーストラリア連邦裁判所のジェームズ・オールソップ元首席裁判官は、私たちの司法制度への社会の忠誠心は、その結果の正確さと一貫性だけでなく、正義の前に立つ人々の尊厳や人間性を認識し、十分な注意と配慮をもって紛争を調査し、法を適用する任務を忠実に遂行するという、法と裁判官の「定義できない混合物」によっても生み出されるものであると主張しています。
これは少なくとも私の知る限り、機械ではまねることができません。このため、訴訟当事者が「人間による決定を受ける権利」を持つと主張する人々がいるのです。
裁判のプロセスを超えて、人間の裁判官と裁定は、私たちの司法制度に期待されている結果のうち、少なくともいくつかの結果を生み出す上で不可欠であると考えられます。第一に、裁定にはしばしば大きな評価判断力を必要とします。これは、異なる文脈で異なる重みが与えられるかもしれないような、場合によっては比較できないような競合する意見のバランスを取ることが含まれます。これに関連して、裁判官は個別に特注したオーダーメイドの解決策を提供しなければなりません。これは、既存のデータに基づくパターンの検出やルールの適用以上のものが必要で、新しい個々の案件の事実に、法原則を適用する裁量権が求められます。場合によっては、特定の状況が例外的と見なされるべきかどうか、そして既存の判例から実質的に区別できるかどうかについて、規範的な推論が求められることもあります。
第二に、法原則の発展のためには、裁判官が、同等で信憑性のある複数の法解釈の中から選択する必要が生じたり、または確立された規則を更新するのか、あるいは逸脱するのかを決定する必要が出たりするかもしれません。このような状況においては、既存の知識を機械的に後ろ向きに適用するのではなく、法が機能する広範な社会的背景を考慮して、私たちの法理学がどのように発展すべきかについて、意識的で理性的、かつ前向きな判断が求められます。
これは、判例がコモン・ローの「原子論的な構成要素」であるコモン・ロー・システムにおいては、特に重要です。1881 年にオリバー・ウェンデル・ホームズ氏が述べた言葉は、今日でも真実を伝えています。法の生命は論理ではなく経験であり、それは「国の発展の物語を具現化したものである」ため、「数学書の公理や系だけを含んでいるかのように扱うことはできない」のです。
AI の時代における裁判
裁判における、これらの根本的に人間らしい側面は、「AI 裁判官」が人間の裁判官に取って代わる可能性が遠い、あるいは非常に不可能に近いものであることを示唆しています。しかし、この AI の時代において、人間の裁判官の役割自体が進化する必要があります。裁判の責任を果たすに当たって、司法は、AI が裁判のプロセス内でどのように使用されるべきか、そしてどのように使用されるべきでないかという問題に、ますます取り組む必要があります。
適切に使用されれば、AI は意思決定の質を向上させ、裁判官が通常の人間の限界を超えることを可能にする、非常に有用な補助ツールとなる可能性があります。AI は、今日多くのカテゴリーの紛争で見られるような、複雑な技術や証拠、法律に対処する上で不可欠であることが証明されるかもしれません。

AI ツールは、裁判官が大量の文書や証拠を管理し理解するのを助け、広範な判例や法源のリポジトリを横断して調査を容易にします。AI ツールはまた、裁判官の判断における傾向を分析することで、人間の裁判官の見落としや無意識のバイアスを特定するのにも役立ちます。しかし、これらの技術的進歩は、裁判のプロセスにおける AI の使用が法の支配を損なわないようにするために、裁判官が警戒しなければならない新たな落とし穴ももたらします。以下に、3つの重大な危険性を紹介します
(1)偽情報の蔓延
1つ目は、おそらく最もよく知られており、AI の「幻覚」と呼ばれるもの、すなわち偽情報の拡散です。生成 AI ツールは、完全に虚偽でありながら一見、信頼できるものを迅速に生成できるため、誤情報の強力な源になります。また、法律の専門家とは異なり、これらのツールは誠実さや正直さといった職業倫理や価値観に縛られていません。
したがって裁判官は、弁護士や当事者による AI ツールの潜在的な誤用や不注意な使用に、特に警戒する必要があります。このことは、裁判手続きにおける AI の使用を管理するために、司法が積極的な措置を講じること、また、個々の裁判官が間違っている可能性に気づき、警戒できるようにするため、この問題や AI ツールについて十分に精通することが必要であることを明確にしています。
AI が偽情報を広める危険性は、司法や法曹界に限ったものではありませんが、法の支配は正義を達成するために真実の追求に根ざしており、私たちが関わる裁判の業務は真実が基盤であるため、特に私たちにとって懸念される問題です。それゆえ、司法プロセスや判定に未確認の偽情報が混入する可能性があることは、裁判所への国民の信頼を損ない、最終的には私たちの司法制度の信頼性をも損なうため、特に有害であるといえます。
(2)透明性と説明責任の低下
2つ目の重大な危険性は、裁判における AI ツールへの過度の依存から生じます。司法判断が道理に基づき、理解できるものであるためには、使用する AI ツールを裁判官自らが理解し、それらのツールが意思決定プロセスにどのように関与しているかを説明できることが必要です。そうでなければ、裁判における意思決定が「ブラックボックス」と化し、透明性を欠き、さらに重要なことに、説明責任を損なうリスクがあります。
しかし、AI ツールの使用にはしばしば「不透明性の問題」が伴います。これは、アルゴリズムや基礎となるデータセットが非公開であったり、一般の人々には理解できなかったりすることから、生成されたものに対して、意味のある形で異議を唱えることができないために生じます。ここで私が「一般の人々」と言うときには、大多数の裁判官も含まれています。私たちは法的な推論を説明するのに十分な能力を備えていますが、一般に技術的な訓練を受けておらず、使用されているツールが不透明であるため、これらのツールを適切に調査し、それらがどのようにして特定の調査結果や結論に至ったのかを理解し、まして正確に説明するような能力は妨げられている可能性があります。
AI の時代を進んで行くに当たって、裁判官は使用されている AI ツールを理解し、その限界を意識するために、十分な技術的・専門知識で武装する必要もあるでしょう。
AI ツールの不透明性は、正義が行われているかどうかの見え方に影響を与えるだけでなく、実際に正義が行われているかどうかにも疑問を投げ掛ける可能性があります。AI ツールは、体系的な人種・民族・その他のバイアスを含む可能性のあるデータに基づいて訓練されているため、その信頼性は損なわれ、不公正な結果を招くことがしばしば起こります。したがって、裁判官は「自動化バイアス」、つまり客観的または科学的なプロセスで生成されたように見えるというだけで、アルゴリズムによる出力を、独立した検証もせずに権威あるものとして扱う傾向に対して、警戒する必要があります。
(3)裁判の人間的側面の放棄
AI の使用によってもたらされる3つ目の、より広範に及ぶ危険性は、裁判官がこれらのツールを使用することで、先に述べたような裁判の根本的な人間的側面を放棄してしまうリスクです。ジェームズ・オールソップ氏はこう言っています。「危険なのは機械が人間になることではなく、人間が機械になることだ」と。
AI ツールは、以前は時間がかかっていた資料の検索・整理・統合の作業をほんのわずかな時間で完了してくれますが、それは人間的な対応が必要な裁判の側面に、私たちがより多くの思考と注意を向けられるようになり、そうすべきだということを意味しています。特に、これらを AI に委任したいという誘惑が芽生えた場合には、なおさらでしょう。
したがって、AI ツールの使用に関する技術的な専門知識を育むだけでなく、裁判官は個々の案件におけるプロセスと結果の両方を管理する際に、完全に、かつ公正に判断を行うという、職業上の義務と倫理的な責任に対するコミットメントを新たにする必要があります。
[ihc-hide-content ihc_mb_type=”show” ihc_mb_who=”4″ ihc_mb_template=”2″ ]
ガイダンスとガバナンスの必要性
これら、わたしが述べてきたような危険に対処するには、AI の時代を進んで行く個々の裁判官の持続的な努力と揺るぎないコミットメントが必要です。しかし、これらの努力は、こうした危険を予測し対処するために、司法機関が体系的な取り組みを実施し、補完されるべきです。
特に、訴訟や判決における AI の使用を規制するために、強固な AI 管理の枠組みとガイドラインの開発が急務となっています。世界中のいくつかの司法機関は、すでにそのような公式のガイダンスを発表しており、特に注目すべき事例は、ニュージーランドの司法機関が発行した枠組みです。これらは、法的・倫理的な問題が発生する可能性のある泥沼から、裁判官や弁護士を導く助けとなるでしょう。
AI によって提起される法的・倫理的・技術的な問題の多くは新しく困難なものであり、法域の境界を超越しています。私たちは皆、司法プロセスの完全性を維持し、制度に対する国民の信頼を守るという同じ使命に駆り立てられているため、互いから学べることは膨大です。
体系的な責任
ここからは、公正で効果的、効率的に正義を提供するために存在している司法制度を、発展・運営する責任を負う機関としての体系的な役割について、話をしたいと思います。司法の役割のこの側面は過小評価されるか、見過ごされがちですが、この体系的な役割は、法の支配の広範なビジョンにとって不可欠な要素であると私は考えます。なぜなら、法が支配すべきだという社会が共通して有する信念は、法の支配に生命を吹き込むからです。このコミットメントを確保し維持するためには、私たちの司法制度の卓越性を追求するだけでなく、これらの制度を必要とする人々が利用できるようにする必要もあります。
これは、世界的な司法へのアクセスの欠如の規模を考えると、特に重要な問題です。その規模感を伝えるために、いくつかの大まかな概要を示します。2019 年、世界正義プロジェクトは、世界の人口の3分の2に当たる 51 億人が「満たされない司法のニーズ」を抱えていると推定しました。これは主に、基本的な民事・刑事の問題を解決するための障害に直面しているか、権利を保護するための手段を欠いているためです。

その2年後の 2021 年、世界正義プロジェクトはパンデミックが「司法へのアクセス危機を強化した」として、長年にわたる調査で初めて、極度の貧困が増加し、人間開発が低下したと報告しました。そしてさらに2年後の 2023 年 12 月、世界正義プロジェクトは世界の司法アクセスの傾向を調査した結果、私が強調したい4つのポイントを発見しました。
第一に、法的問題の発生率における富に基づく不平等が広範に蔓延し、調査対象国の70%で、貧困層が、他の人々よりも多くの法的問題を経験していることが明らかになりました。
第二に、貧困層は、債権者からの脅迫やホームレスなど、正式な法的手続きや制度の外で法的性質の問題を経験する可能性が高く、法の保護からさらに遠ざかっていることが分かりました。
第三に、調査対象国のほぼ 90%で、司法へのアクセスには富に基づく格差が存在していました。第四に、全体として、司法サービスの供給は、増加する司法による解決への需要に追い付いていないことが明らかになりました。
これは、世界の司法システムの健康状態の暗い状況を示しており、司法の運営を中心に生活をしている私たちの誰もが、この状況で安らかに過ごすことはできないはずです。司法へのアクセスの世界的な減少は、司法を含む公共機関が国民から信頼される度合いの低下と一致しています。
特に、2023 年のエデルマン・トラストバロメーターは、収入の上位4分の1にいる人々が下位4分の1にいる人々とは「異なる信頼の現実の中で生きている」ことを示唆しています。司法システムがエリートのものであるという広範な信念が根付けば、法の支配は大きな圧力を受け、崩壊する可能性さえあります。私は、世界的な司法アクセスの問題は、急速に私たちの社会の福祉にとって重大な実存的危機になりつつあり、解決策を求めていると考えます。
私は、AI が変革的な役割を果たす準備が整っていることを提案します。現在の司法システムの運営方法を変革することで、裁判所の内外で、AI は司法へのアクセスを進展させるために大きな貢献をすることができ、司法がその体系的な責任を果たすことを助ける真のゲームチェンジャーになると、私は信じています。いま一度、紙の地図とGoogle マップの違いを考えてみてください。AI が格差を広げることを恐れる人々がいることは認識していますが、私は、世界的な司法格差がすでに新しいパラダイムを必要とする本格的な危機に発展していると考えます。そして、AI がこの点において、裁判所の内外で役割を果たすことができると考えます。
裁判所内の AI
裁判所の利用者が経験したことは、「未来の裁判所」を構築し運営するために AI を活用するささやかな努力によっても、大幅に改善される可能性があります。AI のこのような利用について、2つのタイプを挙げてみましょう。
第一に、AI はすでに裁判手続きや裁判文書へのアクセス性を大幅に向上させています。2つの例を挙げます。
(1)一つ目は、言語の壁の克服のために、翻訳サービスを提供する AI ツールの使用です。例として、インド最高裁判所が採用した Vidhik Anuvaad Software(SUVAS)があります。これは、AI によって訓練された機械支援翻訳ツールで、司法文書、命令、判決を英語から 11 の現地語に、またその逆に翻訳します。英語を使うのが苦手な裁判所の利用者は、主に英語を話す人のために設計された司法制度を理解し、利用しようとする際に、「リテラシー・ギャップ」に直面する可能性があります。翻訳サービスはすでに利用できるようになっていますが、AI ツールはこれらのサービスをはるかに迅速に、そしてはるかに広範囲に提供することができます。
(2)もう一つの例は、裁判手続きのライブでの文字起こしを支援する AI の使用です。Technology Enabled RESolution(TERES)のようなツールはすでに市場に出回っており、インド最高裁判所で使用されています。シンガポールの裁判所も、AI 駆動のリアルタイムの文字起こしシステムを導入する予定です。このようなツールによって、人間による文字起こしサービスに比べてはるかに少ない時間と費用で、裁判当事者は裁判手続きの文字起こしを取得することが可能になり、訴訟準備に役立てることができます。また、裁判手続きの記録をより容易に利用できるようにすることで、これらのツールは手続きの実施に関する透明性と説明責任を促進し、ひいては裁判所への信頼と信用の強化に役立つでしょう。
第二のタイプは、さらに先を見据えて、裁判所がますます複雑化する裁判を処理・管理する方法を改革することで、司法手続きの時間とコストの効率の向上を目指しています。例えば、AI ツールは膨大な文書全体の情報をレビューしたり、統合させたりして、関連する資料を抽出し、当事者の証拠の矛盾を指摘し、紛争に関連する出来事をハイパーリンク付きで時系列に並べることができます
このような改革は、面倒で反復的な作業に費やす時間を最小限に抑え、裁判所と当事者が目の前の紛争の本質に時間とエネルギーを集中させることを可能にすることで、裁判所での紛争解決プロセスを迅速化する可能性があります。これには、紛争解決に掛かるコストを削減するという追加の利点があります。
裁判所外の AI
裁判所外では、AI はさらに広範なプラスの影響を与えることができます。すでに裁判所の利用者が経験したことは、司法を運営するための広範なシステムにおいて非常に重要な部分ではありますが、その一部に過ぎません。社会のすべてのメンバーは、ある意味において、司法システムの利用者であり、受益者であり、利害関係者です。
私は、少なくとも3つのグループが、この広範な司法システムの恩恵を受けるためにAI の支援を受けることができると考えています。これらの恩恵は、弁護士や裁判官の伝統的な仕事を模倣するようには設計されておらず、処理能力と計算能力を単純に増加させることで支えられている十分に実用的な法的解決策を、新しい革新的な方法で提供することを考えることで実現されるでしょう。
第一に、AI ツールは、情報とリソースの非対称性や法的代理人を求めるコストのために、裁判所を通じて救済を求めることを思いとどまったり、妨げられたりする可能性のある場合に、潜在的な訴訟者が法的権利を主張する努力を支援することができます。AI ツールは、弁護士や裁判官を念頭に置いて設計された裁判所制度やプロセスを、弁護士を立てない訴訟当事者が進んでいくのを支援することで、この問題を軽減することができます。
この例として、シンガポールの裁判所とリーガル・テクノロジー会社 Harvey とのコラボレーションがあります。これは、私の同僚である Aedit Abdullah 判事と私が 2023 年5月 23 日にニューヨークで、Harvey の創設者である Winston Weinberg 氏とコーヒーを飲んだことに端を発し、その3カ月後に私たちは Winston と彼のチームとの覚書を締結しました。
第二に、AI ツールは一般の人々に、弁護士や裁判所にさえ全く頼ることなく、自分自身で潜在的な法的問題を回避・解決する力を与えることができます。世界的な司法アクセスの不足は非常に大きな規模に達しており、弁護士や裁判官がこのギャップを効果的に埋めるのに十分な数が存在しないことから、これは非常に重要です。
さらに、人々が直面する日常的な法的問題の多くは非常に単純でありながら、彼らの生活に大きな影響を与えます。そして統計は、司法格差が最も広がっているのは貧困層であることを示しています。個人の法的権利と義務に関する情報をより容易に利用でき、理解しやすくすることで、AI ツールは彼らが自分の法的立場を理解するのを助けることができます。これは、彼らの義務の遵守を確保するのに役立ち、潜在的な問題が本格的な紛争になる前に彼らの権利を主張する力を与えることができます。
そのような知識と認識はまた、当事者に共通の知識基盤から議論できるようにすることで、友好的な解決を促進することもできます。これは、正確な権利の裁定だけでなく、社会における調和と和解の維持も必要とする広範な正義の概念に沿ったものです。
第三に、問題や紛争に対処するだけでなく、AI はサスキンド教授が「法的健康の促進(legal health promotion)」と表現したものを推し進めることができます。法律はコミュニティにおける善の力として見なされるべきであり、法的リテラシーを促進する AIツールは、遺言の作成や永続的委任に関するものなど、法律が提供する多くの恩恵や特権を利用する方法について一般市民を教育することで、社会の福祉を向上させることができます。
Google マップの例からインスピレーションを得て、ユーザーにこれらの基本的な情報を提供し、一連のプロンプトが表示されたドロップダウンメニューを使用して自助を促すような法的プラットフォームを想像してみてください。このようなソリューションは、広範な司法制度の利用者と受益者が、日常生活において、法の支配に基づく社会の恩恵をより十分に享受するのに役立つでしょう。
これらの広範な AI の利用は、裁判官の裁定業務や裁判所の制度的な範囲を超えるかもしれませんが、不確実な未来を見据えながら、裁判官はこの分野の進展に敏感である必要があり、既存の司法制度をどのように改善できるか、法の支配をどのように強化できるかを積極的に検討し、探求する必要があります。そして最後に、これらは相対的に見れば、最も価値の低い法的問題を対象とした措置です。なぜなら皮肉なことに、ここが最も正義のギャップが広く存在する場所だからです。
結論
最後に、冒頭の話に戻りましょう。『フランケンシュタイン』が出版された 1818 年、カスパー・ダーヴィト・フリードリヒは、広大な未知の世界を見つめる孤独な人物を描いた象徴的な作品「霧の海の上の放浪者」を描きました。ある意味で、これは AI の時代を特徴づける急速で絶え間ない技術進歩の中で、私たちがどれほど不安定に感じるかを表しているかもしれません。

しかし、昔の探検家たちが太陽や星に頼って方角を定めたように、私たちにも指針があります。それは、法の支配を完全な意味で維持し強化するという揺るぎない使命です。それこそが、変化と挑戦の時代であると同時に、かつてないパワーと可能性を秘めた不確かな時代を進む際の指針となるべきです。
今回のスピーチのための調査と準備において多大な支援をしてくれた法務書記のStanley Woo 氏と私の同僚たち、補佐登録官の Tan Ee Kuan 氏、Wee Yen Jean 氏、Bryan Ching 氏に深く感謝します。
スピーチのオリジナル版はこちらでお読みいただけます。
[/ihc-hide-content]


















